早川一光先生(医師)の生き方から学ぶ:老い・病・介護・地域医療

お昼ご飯のあと、少しうとうとしていると

突然!

「早川一光」先生(医師)の姿が浮かび・・・

目が覚めました!

 

このブログ内容は、こんな方におススメです

  • 老いと向き合っている方
  • 病と向き合っている方
  • 介護をなさっている方
  • 医療に携わっている方
  • 精神疾患から抜け出そうとしている方

早川一光医師の紹介

早川一光(はやかわかずてる)1924年1月3日~2018年6月2日(94歳)

「はやかわいっこう」という呼び名で親しまれていました。

ラジオパーソナリティ・医師(外科医)

参考:ウィキペディア「早川一光」詳しくはこちら☞

早川先生との出会いはテレビの画面

私は32歳の頃、過敏性腸症候群から抑うつ状態になり、内科入院のあと、心療内科へ転院しました。

一日だけの仮退院のとき、自宅でなにげにつけていたテレビから

早川先生の満面の笑み・・・真剣な眼差し・・・が目に飛び込んできました。

「早川一光のばんざい人間」ラジオ番組も放映されていたかもしれません。

その時に

早川先生のおっしゃっていた言葉で

はっと目が覚めたことを覚えています!

自分の身体は自分でまもる

自分の命は自分でまもる

私にとっては、とても衝撃的な言葉でした。

病気は、医者が治すもの(まもるもの)だと思っていたからです。

先生の著書を5冊ほど購入し、一気に読み終えました。

中には、思わず笑ってしまうエピソードたくさん書かれていました。

自分でどうにかするしかないのか・・・(*ノωノ)

そして

早川先生とすぐにコントクトを取りました。

それからしばらく

メールとFaxのやり取りがあり

なんと、テレビ画面の出会いから

2ヶ月後

私は、京都にいるというスピード展開になったのです。

初顔合わせがKBS京都radio (゚д゚)!

私は、朝の6時すぎ、京都の『KBS京都Radio』放送局の一室にいました。

「早川一光のばんざい人間」というラジオ番組の放送室でした。

早川先生がお会いしましょうと指定してくださった場所が

ラジオ局だったからです。

その日は、番組を観て、先生のご自宅に招かれました。

そこで、

奥さんと一光先生とお二人で、親身になって私の話を聴いてくださいました。

今思えば、どこの誰かもわからない私をご自宅まで招き入れ、お話を聴いてくださったことは奇跡としか言えません!

ホントにありがたく、命の恩人だと思っています。

荒治療で KBS京都radio出演 Σ(・ω・ノ)ノ!

早川先生との初面談のあと、翌週のラジオ番組で再会する約束をしました。

1週間後の土曜日、朝6時半からの番組が始まる時間に合わせ、再びKBS京都radio放送局へ

すると、先生は

「直子さん、荒治療です!今日は、小学生からの投稿にコメントをして下さい」

Σ(・ω・ノ)ノ!

断ることも出来ず、小学生からの投稿文にコメントをするという信じられないような展開!

無事生放送を終え、先生から沢山の言葉の処方箋をいただきました。

また、参加者やスタッフの方々、皆さんに親切にしていただき、夢のようなひとときを過ごしました。

早川先生や奥さん、京都で出逢った皆さんに、心から感謝しています。

その後、私は抑鬱を克服し、復職することが出来ました。

おススメ!!早川一光先生の特集番組

こちらに、人生について学び多き、早川先生の動画やラジオ放送をご紹介させていただきます

 

早川一光先生の講演 「輝かしき~ボケない方法教えます~」 こちら☞

早川先生 遺言 ラジオは空飛ぶ診療所 こちら☞

早川一光 こんなはずじゃなかった 2016.5  こちら☞

 

さいごに

今、

  • 老いと向き合っている方
  • 病と向き合っている方
  • 介護をなさっている方
  • 医療に携わっている方
  • 精神疾患から抜け出そうとしている方 へ

早川:「自分の身体は自分で守る

早川:「自分の命は自分で守る

早川:「自分たちの文化は自分たちで守る

ナビゲーター:「病があっても、歳をとっていても、生き生きと人生を生き抜いていきましょう

引用:早川先生 遺言 ラジオは空飛ぶ診療所

 

 

 

 

 

 

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